★サンタ・クロース

クリスマスにとってサンタ・クロースとは、元となった聖ニコラス以外には宗教的つながりが薄く、キリスト教から見ても「子供達に夢を与える」など理由はあっても、日本やアメリカなどのようにサンタ・クロースがクリスマスの主役となり、さらにクリスマス商戦に利用されている現状は、クリスマスの真の意味が失われて行く残念な現象と受け止められているようです。

起源と歴史

サンタクロースの起源とされる人物は、4世紀に実在したニコラス(ニコラウス ニコラオ)という司教とされ、貧しい人や子供達を助けたなどの伝説で多くの人に慕われ、後に聖人とされて聖ニコラス(Saint Nicholas)と呼ばれました。

聖ニコラスには多くの伝説があり、豊かな穀物をもたらす、無実の人を救う、乙女の守護などで神格化され、船乗りの守護聖人としては特に知られ伝説も多く残されていまが、サンタクロースへのつながりとして子供の守護聖人としての伝説も持っていて、学生、パン職人、肉屋などの守護聖人でもあります。

特にサンタクロースになる元となったとされる伝説に、「貴族出身でかつては富裕だった父親と3人の娘が住んでいて、娘を嫁がせるお金も無い貧しい暮らしで、長女を身売りして妹たちの結婚資金を作ろうとしていたところ、それを知ったニコラスが夜ひそかにその家の煙突から金貨を投げ込んで、無事、3人の娘は結婚できた。」と言う話があります。

やがて聖ニコラスはヨーロッパの各地で、その地域の風習と結びつきながら聖ニコラス祭として12月6日の聖ニコラスの日にパレードなどが行われるようになり、主に聖ニコラスはロバに乗ってお供と共に登場し、地域によっては日本の「なまはげ」などに近い風俗を見せる場合もあり、現代でも聖ニコラス祭を行う地域が多くあります。

聖ニコラスから現代のように知られるサンタクロースになったのは、18世紀後半以降のアメリカでオランダ移民の多かったニューヨークでのことで、アメリカの「伝統」を創造することに努めたジョン・ピンタードを経て、1822年に神学校教授であるクレメント・ムーアが重病の娘を励まそうとした詩「A visit of St.Nicholas(聖ニコラスの訪問)」によってからだとされます。

クレメント・ムーアが書いた詩には「クリスマスイブの夜に、八頭のトナカイがひく小さなソリに乗った小がらで陽気なおじいさんがやってきて、背中のふくろにいっぱいのおもちゃをかかえて煙突から暖炉を抜けて・・・」として、聖ニコラスがそれまでの司教像から現代のサンタクロースに近い姿で描かれました。

現在の「サンタクロース」と言う名称はいつから始まったのかははっきりしていませんが、ムーアが詩を書いた頃からとされるのが有力で、聖ニコラスをオランダ語での「シンタ・クロース(Sinter Klaas)」が英語に転じるときに「サンタクロース(Santa Claus)」へ変化したのではないかとされます。

やがて、1863年に「ハーパーズ・イラストレイテッド・マガジン」への挿し絵としてトマス・ナストが描いたサンタクロースは仕事場が北極圏にあるなど現代に通じるサンタクロースのイメージが具体的となり、聖ニコラスの名は消え、サンタクロースの名称だけで呼ばれるようになりました。

一般的に誰もがイメージする、小太りで白いひげを生やした陽気な老人としてのサンタクロースはクレメント・ムーアが書いた詩から始まりましたが、赤い衣装をまとった具体的な像としては、1931年以降にコカ・コーラ社の広告としてハッドン・サンドブロムによって描かれた等身大の人間味あふれるキャラクターによります。

また、サンタクロースの赤い衣装は司教服の赤から始まったともされ、ハッドン・サンドブロムによって描かれる以前からも赤い衣装のサンタクロースは多く描かれていましたが、サンドブロムによって描かれた人間味があり親しみのあるサンタクロースは、聖ニコラスを離れ、世界へと広がりました。

サンタクロースの存在について、1897年に「ニューヨーク・サン新聞社」のフランシス・P・チャーチ記者が8歳の少女バージニア・オハンロンちゃんからの手紙による質問に答えた記事は「Yes, VIRGINIA・・・(イエス バージニア・・・)」として有名で、「愛や思いやりのように、目に見えなくても確かにサンタクロースは存在する。」などの内容はよく知られています。

現代のサンタクロース

今では北欧にサンタクロースの家があり、国際サンタクロース協会や厳しいテストを受けて認められた公認サンタクロースも存在し、毎年7月にはヨーロッパのデンマークのコペンハーゲンで「世界サンタクロース会議」が行われ、世界中の公認サンタクロースが一堂に会して、世界中の子どもたちにプレゼントを配る相談がされています。

宗教的なクリスマスとは関わりの少ないところから始まったサンタクロースは、子供たちに夢を与えるイメージとしてアメリカから世界中に広がりましたが、現代では商業主義と密接に関わり、年末商戦の重要な販売員としての登場が多くなっています。

形だけを追い、ほとんどの人が宗教的に関わりの無い日本では、海外で発せられる「サンタ・クロースはお金持ちの子供に多くのプレゼントを与える」、「子供たちをだますのを止めよう」などの現状の問題を述べてるメッセージが、ただ、「夢も希望も無い話」、「この人は子供時代どうすごしたのだろうか?」程度にしか受け止められないようです。

各国のサンタクロース

オランダやベルギーのサンタクロースはサンタクロースの語源になったとされる聖ニコラスの「シンタクラース」とされ、12月6日の聖ニコラス祭に子供たちはプレゼントを受け取りますが、サンタクロースとは区別されているようで、クリスマスにもサンタクロースからプレゼントをもらえる様です。

イギリスではサンタクロースが「ファーザークリスマス」と呼ばれますが、元々イギリスの伝統を背負った「ファーザークリスマス」は17世紀の清教徒革命により途絶え、現在のファーザークリスマスはアメリカから伝わったサンタクロースになっていて、オーストラリアやニュージーランドでも「ファーザークリスマス」と呼ばれます。

ドイツやオーストリアなどのサンタクロースは地域の伝統と結びついた「クリストキント」で、聖ニコラス祭と土地の民間風習が結びついたものとされ、地域により「フラウ・ホレ」、「クネヒト・ルプレヒト」、「ペルヒタ」などあり、近代のサンタクロースとは区別され親しまれています。

フランスでは「マダム・ノエル」、「タントゥ・アリー」、イタリアの魔女「ベファーナ」(近代のサンタクロースは「バッボ・ナターレ」)、スウェーデンの聖女「ルチア」などヨーロッパ各地に地域の風俗・習慣と結びついた伝統的サンタクロースがいて、近代のサンタクロースとは区別されています。

サンタクロースの家があるとされる北欧や北極圏では、デンマークやノルウェーの「ユーレニッセ」、フィンランドでは「ヨールプッキ」と呼ばれ、北欧の神話や伝説と結びついた伝統的なサンタクロースがいる一方で、最近では近代のサンタクロースの家があったり、手紙を送ることができたりします。

トナカイとソリ

近代のサンタクロースが乗る空飛ぶソリを引いているのは、トナカイとされていて、クレメント・ムーアの詩によると8頭のトナカイには、ダッシャー(Dasher)、ダンサー(Dancer)、プランサー(Prancer)、ヴィクセン(Vixen)、ドンダー(Donder)、ブリッツェン(Blitzen)、キューピッド(Cupid)、コメット(Comet)の名前があり、更に後から一番新米となる9頭目の先導役として、歌としても最も知られる赤鼻のトナカイのルドルフ(Rudolph)が加えられています。

近年にはサンタクロースの乗るソリがルドルフの赤鼻を目印にNORADの追跡を受けて、最近では毎年インターネット上で中継されています。

煙突と靴下

サンタクロースが煙突から入って靴下の中にプレゼントを入れて行くと言う誰でも知っている独特な行為は、上記の聖ニコラスの貧しくなった娘を助けた逸話の中で、煙突から金貨を投げ入れた時に、暖炉の脇に干してあった靴下の中に金貨が入ったためとされます。

また、近代のサンタクロースの基本となったクレメント・ムーアの詩にも、小人のシンタクロースが煙突から入ってきてプレゼントを置いて行く箇所があり、現在のサンドブロムによって描かれた等身大で小太りの老人には無理があるとも思える煙突からサンタクロースが入る行為も、元々は茶目っ気のある小人だったので自然に受け入れられたようです。


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