聖書にも記述されることもなく、今では秋(9月中旬~10月上旬)なのではなかったかと推測されることが多いイエスの誕生日が、現代に通じる12月25日の降誕祭に定まったとされるのは、以下のようなローマ帝国の事情が一因であったためとされてます。
クリスマスが冬至の時期に定まる4世紀頃まで、ローマ帝国では、いくつかの東方や地中海沿岸諸国の信仰の影響を受けていて、その共通点として太陽信仰があったようで、ローマ皇帝も太陽の化身として崇拝を集める側面があったようです。
また、ローマ市民の生活に関わる農耕の面でも、冬至までに短く弱くなる昼の太陽を、農業を司る神サトゥルヌス(クロノス)が下降を食い止め復活させることを祝う、サトゥルナリア(サトゥルヌス祭 Saturnalia)が12月17日から24日までの一週間ありました。この期間は休みとなり、かなり羽目をはずし大騒ぎをしていたようで、現代でも行われる常緑樹を飾ったり、プレゼントを贈ったりなどの風習も見られました。
4世紀の頃、サトゥルナリア直後の12月25日を「太陽が甦る日」と重視するローマ帝国では、先に広く普及していた太陽信仰のミトラス教と、当初迫害されていたが勢力を広げ続けるキリスト教の二大勢力があり、ミトラス教でも「征服されることなき太陽の誕生日」として12月25日が最も重要な祭日としてました。
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