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クリスマスの歴史と逸話など

ここでは、色々と調べても、どれが史実で、何が逸話なのかはっきりしない部分もあり、後から逸話とされていたものが史実であった、間違いであった、などというのは歴史においてはよくあるので、主なクリスマスに関連した話を年代を追って紹介してます。

イエスの誕生日

イエスの誕生日については、聖書にも記述されなかったので色々と調べられ、様々な説が出ていますが、現在では紀元1年の12月25日ではないことで一致しているようで、聖書に記載されているだけの内容で推測されるのは、季節としては12月ではなかったなかったようである、と言うことのようです。  クリスマスの起源

この頃の日付に関しても、暦が古代ローマの都合で何度も切り替わり、太陽暦、太陰暦などやその他色々、それに関わる日付の計算方法も複数入り乱れ、現在の暦に直すのも単純には行かないようですが、当時の日付のまま現在の暦に当てはめている祝祭時もあります。

西暦 (世界暦) がイエスの生誕年を1年として始まってることにはなっていますが、これも数百年たってから定められたので、計算間違えなどによるズレもあり、実際には、イエスの生まれた年は、マタイ伝 (福音書) から推測すると紀元前6~4年、ルカ伝 (福音書) からでは紀元6年頃、天文学的に「明るい星」を惑星連星とすると紀元前7年・2年になるようですが、一般的には紀元前8~1年ではないかとされるのが現在では多い説です。

また、季節や日にちについて、1月6日とする他には、聖書の記述や、その頃のユダヤの風習から推測して9月の中旬から10月上旬の秋ではないかとする説や、英国の天文学者D・ヒューズが紀元前7年9月15日であるとする説、マイケル・R・モルナー博士による「ベツレヘムの星」から天文シミュレータで計算して紀元前6年4月17日であるとする説などがあります。

270・280年頃 聖ニコラス誕生

サンタクロースのモデルともなったとされる聖ニコラス (ニコラウス ニコラオ) ですが、正確な年代ははっきりせず、 270年頃~342年や270年頃~343年、280年頃~341年などとされていますが、クリスマスの起源とされる頃の時代、異端となったアリウス派と戦った聖人です。

325年 降誕祭 (クリスマス) 日取りの決定

ニカイア公会議で復活祭の日取りとともに、降誕祭 (クリスマス) が12月25日に決まり、クリスマスの起源とされています。  クリスマスの起源

336年 クリスマスに関する最古の記録

ローマの行事を記した暦「フィロカリアンカレンダー (フィロカルスの暦)」に、「12月25日にキリストはユダヤのベツレヘムで生まれた」と書かれていました。 これをクリスマスに関する最古の記録とすることが多いようです。

386年 クリスマスが12月25日優勢に

この頃まで1月6日や12月25日に行われていたクリスマスが、12月10日のクリュソストモスのクリスマス説教により、これ以降12月25日に行われるのが優勢になりました。

525年 キリスト降誕紀元の暦 (西暦 世界暦)

ローマの修道士ディオニューシウス・エクシグウス (Dionysius Exiguus,497年頃~550年) は復活節の表を作るために、キリストの降誕の年から起算した紀年法に始まり、664年にはイングランドで採用され、その後各地に普及して現代の西暦紀年法の基礎となりました。

1517年 ルターの宗教改革

この頃クリスマスは、すでにキリスト教最大の祭事で、お祭り騒ぎ的儀式となっていましたが、宗教改革の時期には異教の祭り (異端) として見直されたり、まったく祝わない人々も現れ、新たな方向として、現代で多く見られる家庭で厳かに祝うクリスマスとして転換していき、今でもクリスマスに関係の深いニコラウス (ニコラス) やボニファティウス (ボンファース) などの聖人崇拝も認められなくなりました。

ルター (Martin Luther) にまつわる逸話として、クリスマス・イヴのミサの帰りに見た、森の中に美しく輝く星星に感動し、それを伝えるためにモミの木の周りにロウソクを飾って見せたのが、クリスマスツリーやイルミネーションの始まりとする話があります。

1549年 フランシスコ・ザビエルが日本に上陸

1549 (天文18) 年8月15日にフランシスコ・ザビエルらが日本の鹿児島に上陸しました。当然その年には、降誕のミサも行われたであろうと思われるので、この年に日本で最初のクリスマスが行われたのではないかとする見方があります。

記録に残っている最初のクリスマスは、それから間もなくの1552年に山口で、宣教師コメス・デ・トルレスらが、司祭館に日本人信徒を招いてクリスマスの祝を催し、信徒の催促で夜を徹してデウスを賛美し、翌朝、ふたたびミサと説教を聞いたのち、全員に食事がふるまわれたと記録に残されています。 日本のクリスマスは山口から

しかし、1587年 (天正15年) に禁教令が敷かれてキリスト教は迫害され、やがて日本は長い鎖国時代へと突入しました。

1659年 クリスマス禁止令

イギリスでも清教徒革命 (ピューリタン革命) によりクリスマスが一時途絶えた時期がありましたが、ヨーロッパから来た人々が新大陸 (アメリカ) に定住しはじめたころ、宗教改革の影響を大きく受け清教徒革命をなした、清教徒 (ピューリタン) の厳格な改革者たちは、マサチューセッツ州で、クリスマスを異教のものとみなして1659年から1681年まで法律で禁止してました。同じ1659年にはニュ一アムステルダムの総督によって、礼拝の日のスポーツ、娯楽、農耕の禁止令などもありました。

19世紀 クリスマスツリーの普及

この頃まではドイツ地方以外ではクリスマスツリーを飾る習慣がなく、イギリスでは18世紀の終わりにドイツから嫁いだジョージ3世の妃シャーロットが持ち込んだのが始まりや1841年にビクトリア女王の夫君であるアルバート公がウィンザー宮でクリスマスツリーを飾り付けたのが始まりとされ、1848年に装飾された小さなクリスマスツリーにロイヤルファミリーが集まる絵がロンドンの新聞イラストレイテッド・ロンドン・ニュースに載ったことで、大きな反響を呼び、国中に広がることになりました。

また、アメリカには18世紀にドイツの移民によって新大陸へ、デンマークとノルウエーは1830年頃、フランスには1840年頃に渡り、19世紀中頃から後半にかけて一気に欧米でクリスマスツリーを飾る習慣が普及したようです。

1822年 クレメント・ムーアの詩「聖ニコラスの訪問」

現代のように知られるサンタクロースの原型になったのは、1822年に神学校教授であるクレメント・ムーアが重病の娘を励まそうとした詩「A visit of St.Nicholas (聖ニコラスの訪問)」からだとされます。 サンタクロース

1843年 チャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」出版

1843年12月17 (19) 日にチャールズ・ディケンズ (Charles John Huffam Dickens 1812年2月7日~1870年6月9日) によって「クリスマス・ブックス」の第1作として「クリスマス・キャロル (A Christmas Carol)」が発表されました。

1843年 最初の印刷されたクリスマスカード

15世紀頃から、木版による宗教的な絵画が印刷されたクリスマスの挨拶などが書き込まれたものが作られるようになっていましたが、1843年にイギリスのヘンリー・コール卿が画家であるJ・C・ホースレーにカードデザインを依頼してカードを製作したのが始まりとされます。

また、アメリカで1875年にルイス・ブランクが初めてクリスマスカードを印刷、全国規模のコンテストを実施し、これによりクリスマスカードの普及が進んだとされます。

19~20世紀 サンタクロースの認知

現在のサンタクロース像の原型は1822年にアメリカの神学校教授のクレメント・クラーク・ムーアが自分の子供たちのために書いた「セント・ニコラスの訪問」という詩のなかから生まれたとされます。

やがて、この詩集が1894年に絵本となってアメリカ全土に普及していきますが、最初の絵本の挿し絵を書いたのは、テオドール・C・ボイドで、当時のサンタクロースは小人の姿をしていましたが、最も現代のサンタクロース像のイメージに影響を与えたのは、それ以前の1863年にトマス・ナストが描いた「ハーパーズ・イラストレイテッド・マガジン」への挿し絵とされ、サンタクロースの呼称と仕事場は北極圏にあるとされていました。

1931年 コカコーラ社のサンタクロース広告が始まる

現在、イメージとして定着したサンタクロースは、1931年にアメリカのハッドン・サンドブロム (1899~1976) により、それまでの小妖精的なサンタクロースとは異なる、人間味のある人物像に創り出されたイラストで、その後の新聞や雑誌のコカ・コーラ社の広告には全てこのサンタが使われるようになりました。 コカ・コーラ - サンタクロースの話

参考

クリスマスツリーの起源と歴史  christmas starベツレヘムの星  イースター&イエス・キリストの本当の誕生日(4/17)もお祝いしよう!


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